2022春関西その2 ヒルトン大阪、大阪ステーションシティシネマ

2022.04.16(土)

 

ヒルトン大阪

 

今回の部屋はこんな感じ

ヒルトン大阪、今回の部屋の様子

水回り

お風呂ゝ♪

34階の部屋からの眺め

とりあえず、エグゼクティブラウンジのカクテルタイムへ

エグゼクティブラウンジのカクテルタイム

ちょっと取り過ぎでは?ちょい飲みではなく、がっつり夕飯です。
さらにスイーツまで!

スイーツもいただきます

 

大阪ステーションシティシネマ

せっかくいいホテルなんだから部屋でゆっくりすればいいのに・・・・・・

でも映画館に出かけます。

やってきたのは「大阪ステーションシティシネマ」。大阪駅の駅ビル「ノースゲートビル」ルクア大阪が入っている建物)の11階です。

大阪駅の「大阪ステーションシティシネマ

今夜の作品は玉山鉄二さん主演の「今はちょっと、ついてないだけ」

映画「今はちょっと、ついてないだけ」

出演は、音尾琢真さん、深川麻衣さん、団長安田さん、高橋和也さん

ゆっくりと重ねる日々に見出す希望の物語

部屋に差し込む朝の光、コーヒーの香り、湖を渡る風・・・。
シェアハウスと自然を舞台に、ゆったり流れる時間の中で、
日々を丁寧に生きようとする不器用な大人達の輝きを見つめる映画が誕生した。
ゆっくりと自分を見出し、前向きに生きるキッカケを見つけていく
主人公ら4人の姿が、愛ある眼差しで描かれる

(公式HP INTRODUCTIONより)

 

ホテルに帰るともう真夜中です。カクテルタイムにたっぷり飲み食いしたので、飲み会は無しで明日の予定を考えます。

候補地は「篠山城」と「福知山城」。電車の時間や今後の作戦をいろいろ考えますが、眠くなってきて思考がぐるぐるして考えがまとまりません。

で、大阪から近い方の篠山城にえいっ!と決めて今日はここまで(コジカ)

 

 

2022春関西その1 大阪城の櫓特別公開

2022.04.16(土)

 

関西へ!

 

月曜日に休暇を取って2泊3日で関西へ。

大阪城の櫓特別公開」を目指して、ホテルのみ予約して東京のJR品川駅から新幹線に乗ります。

品川駅10時37分発のぞみ52号、新大阪駅到着は13時

13時にJR新大阪駅到着、JR大阪駅に移動しお昼を探します。

ルクア大阪の地下に「旧ヤム鐵道」というカレー屋さんがあるというので行ってみましたが、大勢の方が待っていてとても時間がかかりそうです。それでは、と次の候補がビフテキ重・肉飯 ロマン亭」さん

ビフテキ重・肉飯 ロマン亭」さん

ここでも行列が・・・・・どこも混んでいるのでここで並びます。

待ってる間にメニューを見てひと悩み。

ビフテキ重・肉飯 ロマン亭さんのメニュー

よく分からないので名物と書いてある「ロマン亭錦重」1080円で!(ありがちな選択)

「ロマン亭錦重」1080円

ごちそうさまでした。

 

さあ、大阪城に急ぎます!

でもキャリーケースが重いので、先に今日のホテル「ヒルトン大阪」さんに寄って預かって貰います。

フロントでお願いすると「もうチェックインできますよ」とのことですが、大阪城に急ぎたいので荷物だけ。(特別公開の最終入場は16時、チェックインするとなんだかんだで時間がかかってしまいます)

 

大阪城の櫓 特別公開」

大阪城の櫓 特別公開の立て看板

kog12gnyan.hatenablog.com

 

火縄銃体験など、ひつじさんもけっこう楽しんでいます。

千貫櫓の火縄銃体験

今回は特別公開だけで天守等にも寄らず、ミッションコンプリートです。

西の丸からみる大阪城復興天守

あらためて今日のホテル「ヒルトン大阪」さんに向かいます。(コジカ)

 

大阪城の櫓 特別公開

秋の公開は2022年9月17日(土)~11月27日(日)の土日祝日です。

大阪城の櫓 特別公開 日本100名城再訪

2022.04.16(土)

特別公開 大手口多聞櫓、千貫櫓

大阪城の櫓特別公開(大手口多聞櫓、千貫櫓)にやって来ました。

大阪城大手口と千貫櫓

大手口多聞櫓、千貫櫓の見学は西の丸庭園経由となります。

西の丸庭園入り口で入場券を購入

大阪城の櫓 特別公開入場券

入場料は大人700円です。

 

大手口多聞櫓
見学ルートは大手口多聞櫓の渡櫓から。

大阪城大手口多聞櫓・渡櫓入口

大手口多聞櫓(おおてぐちたもんやぐら)
 大手口桝形の石垣の上に建ち、大門(おおもん)の上をまたぐ渡櫓と、その右側に直角に折れて接続する続櫓によって構成されています。徳川幕府による大坂城再築工事によって建てられた創建当初のものは天明3年(1783)の落雷によって全焼しましたが、嘉永元年(1848)に再建され現在に至っています。昭和28年(1953)に重要文化財に指定され、昭和42年から同44年にかけて解体修理が行われました。
大阪城の櫓特別公開パンフレットより)

渡櫓入口内部の土間

スリッパに履き替えて見学開始です。

大門(おおもん)の上に渡された渡櫓内部は広く、思った以上に厚みがあります。

渡櫓内部

 

渡櫓から見る大手口桝形

写真はありませんが、ここから大門に寄せる敵に槍を落とす「槍落とし」があります。

 

渡櫓から続櫓へ向かいます。

渡櫓から続櫓へ

 

笠石銃眼(かさいしじゅうがん)

笠石(かさいし)とは、石を積み上げた上部に載せる石で大坂城ではここに銃眼を造っています。

続櫓内部(渡櫓側より)

 

続櫓内部(突当りから渡櫓方向を見る)

 

武者溜

武者溜(むしゃだまり)
 この部屋は、いざ戦いというときに兵士たちが籠城して寝泊まりするためにつくられたもの。多聞櫓は大手門を防衛する兵士が詰めた。
 渡櫓の方から12畳・15畳・9畳・12畳・9畳・9畳と合計6室があり、この部屋は15畳の大きさ。姫路城の女房衆の長局と構造はよく似ているが、こちらは軍事的な実用性が高い。
 床にくらべると敷居が高いが、畳が入れられていたかは定かでない。
(武者溜案内版より)

 

渡櫓に戻って来ました。

渡櫓内部(続櫓側より)

 

千貫櫓

大手口多聞櫓を出て、千貫櫓に向かいます。

千貫櫓へ

千貫櫓(せんがんやぐら)
 大手口のすぐ北、西外堀内側の石垣上に建つ2層2階の隅櫓です。創建は徳川幕府による大坂城再築工事が開始された元和6年(1620)で、二の丸北西に建つ乾櫓(いぬいやぐら)と同じく創建以来一度も消失していない大阪城最古の建造物です。昭和28年(1953)に重要文化財に指定され、昭和35年から翌年にかけて解体修理工事が行われました。
大阪城の櫓特別公開パンフレットより)

千貫櫓一階内部、右端は二階への階段(二階は非公開)

 

千貫櫓から大手門を見る

大手口を側面から守る重要な櫓です。

 

千貫櫓一階内部

内部では火縄銃体験も出来ます。

 

千貫櫓城内側外観、見学は左手が入口、右手が出口

 

焔硝蔵

千貫櫓を出て、西の丸庭園内に現存する焔硝蔵へ

焔硝蔵

焔硝蔵(えんしょうぐら)
 焔硝とは黒色火薬のことで、この蔵は火薬庫です。引火防止のため壁・床・天井とも花崗岩の切り石としっくいで固められた頑丈な建物で、こうした構造の焔硝蔵は現存唯一で、貞享2年(1685)築造であることが判明しました。

大阪城の櫓特別公開パンフレットより)

 

大手口に戻ります。

大手口桝形 左手大手門から入り、直角に左折し大門(おおもん)に向かう造り

 

大手門を出て千貫櫓を見ます。

大手門前から見る千貫櫓

渡櫓の石垣最上段に見える小さな穴が「笠石銃眼」。外部からは目立ちません。

 

ということで、大阪城の櫓特別公開、ミッションコンプリートです。(コジカ)

 

※西の丸庭園では城内から「乾櫓」を見れたのですが、失念しました。

乾櫓の特別公開を期待して、今回はこれで撤収です。

乾櫓(いぬいやぐら)
 西の丸の西北(戌亥)(いぬい)隅を守る隅櫓です。元和6年(1620)造営の平面L字型、総二階造り(一階と二階の床面積が同じ)の珍しい櫓で、千貫櫓とともに城内最古の建造物。

大阪城の櫓特別公開パンフレットより)

 

ご参考:大阪城の記事

kog12gnyan.hatenablog.com

名古屋城・西南隅櫓(特別公開) 日本100名城再訪

2022.04.03(日)

名古屋城春まつり」で西南隅櫓が特別公開されていると聞き、名古屋まで日帰り一人旅です。

 

特別公開の名古屋城本丸・西南隅櫓(未申櫓)

後方は建替え待ちで閉館中の大天守

 

重要文化財 西南隅櫓(本丸未申櫓)
 本丸西南隅に置かれた櫓で、戦時には西之丸榎多門(現・正門)から侵入した敵に対する迎撃の役割を担う外観二重・内部3階の櫓です。天守と同じ慶長17年(1612)頃の建造と推定されています。2階の屋根上(南面)の千鳥破風(三角状の屋根)前面に、格式の高い軒唐破風(丸く反った曲線状の屋根)を重ねる珍しい屋根構造を持つ櫓で、2階の南面・西面に張り出しを造り、床面に石落としを設けています。御具足奉行が管理し、当初は歴代藩主の鎧兜類が納められていました。

(西南隅櫓内、説明板より)

 

名古屋城

たまたまネット見つけた特別公開の案内

重要文化財
西南・東南隅櫓 特別公開

西南隅櫓 | 3月26日(土)~4月3日(日)
東南隅櫓 | 4月29日(金・祝)~5月5日(木・祝)
9時00分~16時15分 (最終入館16時00分)

江戸時代から残る3つの隅櫓のうち、西南・東南隅櫓を期間限定で公開します。この機会にぜひご覧ください。

名古屋城2022春まつりHPより)

 

今日は4月3日で西南隅櫓の最終日です。16時までに櫓に到着しないと!

ちょっと出遅れましたが、品川11時17分発のぞみ27号で名古屋へ

名古屋駅到着は12時45分です。

地下鉄を乗り継いで名城線「市役所駅」へ

駅構内からお城が出迎えてくれます。

 

地上に出るとそこはお堀端

桜が綺麗です。

 

東門から二之丸に入ります。

二之丸から見る本丸

手前に東南隅櫓(辰巳櫓)、奥に大天守が見えます。

 

本丸表二之門(写真奥)から本丸に入ります。

手前が本丸・東南隅櫓

 

再建なった本丸御殿と閉館中の大小天守

今回は本丸御殿の見学は見送りです。

 

特別公開・西南隅櫓(未申櫓)

14時過ぎ西南隅櫓に到着。最終日の日曜、入場待ちの長い列が出来ています。

ここから30分から40分待ちとのこと。

 

14時20分過ぎ、石段の下まで来ました。

幸い雨はポツポツ程度で傘を差すほどではありません。

 

もう少しです。

城内側はのっぺりです。

 

一階内部

さすが名古屋城の本丸隅櫓、規模が大きいです。

 

二階の様子

三階に上る待ち行列が出来ています。

 

その理由がこちらです。

消防法の規定で三階は9人までとなっています。

 

三階へ上がる階段

急な階段です。

 

三階(最上階)の様子

三階も広いです。

 

三階から見る西之丸、正門『(榎多御門(えのきだごもん)』の眺め。

お祭りで出店が出ています。

榎多御門は明治24年の濃尾大地震で大破したため旧江戸城「蓮池御門」が移築され正門と改称されましたが、残念ながら空襲で焼かれてしまいました。(現在の門はコンクリートによる外観復元)

 

三階から見る大小天守

ここから四十六間の多聞櫓(具足多門)が続いていましたが、これも明治24年の濃尾大地震で大破し撤去されたそうです。

 

不明(あかず)御門から本丸を出て、御深井丸(おふけまる)へ

 

天守の礎石

計画はいろいろな困難があり遅れているようですが、木造再建を待っています。

 

西北隅櫓(戌亥櫓・清州櫓

清州城天守の移築とも言われる巨大な櫓です。

 

西之丸の正門から外に出て、西北隅櫓を外側から見に行きます。

 

ですが、お昼抜きだったので正門の外の「金シャチ横丁(義直ゾーン)」へ。(もう15時半過ぎです)

迷いましたが有名な鳥開総本家・名古屋城金シャチ横丁店さんにします。

折角なので「特選名古屋コーチン親子丼」(1760円)を注文。

いつもながらのおいしさ、ごちそうさまでした。

 

花曇りですがお花見にちょうど良いタイミングでした。

 

西北隅櫓

やはり巨大です。次回の特別公開をチェックしないと!

 

で、特別公開・西南隅櫓(未申櫓)、ミッションコンプリートです。

お花見もコンプリートです。

 

東京へ

お城からまっすぐ名古屋駅に戻り、新幹線の席を取り東京へ。

名古屋駅17時29分発のぞみ238号、品川到着は18時58分です。

行きは比較的空いていましたが、日曜夕方の東京行きは混んでいます。

 

〆はやっぱり映画

まっすぐ家には帰らず、ひつじさんと渋谷で待ち合わせて映画館へ。

今日はクロエさんの「シャドウ・イン・クラウド(SHADOW IN THE CLOUD)」

そんなバカな!?というお話ですが、ハラハラ!ドキドキ!の楽しい作品でした。

 

今日は出だしは遅かったですが、いっぱい遊びました。(コジカ)

 

※ 4月29日(金・祝)~5月5日(木・祝)の東南隅櫓特別公開には参加できませんでした。また次回を待ちます。

 

パイオニアNP1

イオニアNP1シトロエンC6に付けてみました。

「会話するドライビングパートナー」という音声カーナビ+ドラレコです。

今年2022年3月に発売になった新製品です。

 

純正ナビについて

シトロエンC6の純正HDDナビ(パイオニア製)

ダッシュボードに綺麗に組み込まれたナビ画面、本体はリアトランク右側面に格納されています。このため、ナビを交換できずにずっと困っていました。(ちなみにリアトランク左側面にはバッテリーが格納されているため、大柄なボディの割にトランク内の横幅が狭く、ゴルフバッグが横向きに入らないらしい。ゴルフしないので試していませんが)

リモコンで入力するユーザインターフェースはさすがに古いですが、ナビ自体の性能には満足しています、が・・・・・地図データがアップデートできません。2011年12月に最初で最後のアップデートをしてそれで終わりです。新東名も首都高品川線も知らず、ヒルトン東京お台場を捜すときは、調べて「ホテル日航東京」と入力したり、とても不便です。

 

ということで、新しく発売されたパイオニアNP1という音声ナビをオートバックスで購入して取り付けていただきました。

 

取り付けた結果

運転席から見たNP1

見えているのはドラレコの後方用カメラ。ドライブレコーダー機能も付いているので、2019年3月に取り付けたドラレコはもったいないけど廃棄してもらいました。

 

助手席側から

本体は結構大きいですが、前方視界にそんなに影響していません。フロントガラスの仕様によってGPSが受信できるか、オートバックスの方は心配されていましたが、メッシュの辺りはGPSが受信可能ということで無事取付出来ました。ドラレコ画像を見るとメッシュが上部に写り込んでいましたが、問題ないレベルです。

 

音声だけのナビってどう?

よく知っているルートでテストしたところ、おすすめレーンの設定が微妙だったりしましたが普通に使えそうです。でもずっとトンネルだったらとか、機械式駐車場等で電源OFFで車の向きが変わったら向きを気にするのかなどいろいろ気になる点もあります。音声ナビの性能は未知数ですが、とりあえず純正ナビと合わせて使っていきたいと思います。これからユーザが増えてくれば機能もどんどんアップデートされるのではないでしょうか。でも、まずは音声コマンドを覚えないと!

 

ひとりの時はいいけど、同乗者がいるときに「NP1!」「NP1!」と呼びかけるのはちょっと恥ずかしいかも・・・・・

でも音声コマンドで指示を出してみたら、ちょっと大作少年になった気がしました。

「飛べ!ジャイアントロボ!!」(コジカ)

 

 

 

 

水戸城 復元・大手門、二の丸角櫓及び土塀 日本100名城再訪

2021.11.28(日)

復元・水戸城大手門(2020.02.04完成)

古写真で見た大手門が木造でよみがえりました。

 

水戸城へ!

大手門、二の丸角櫓が木造で復元されたので、現地に確認に行きます。

東京の品川駅から特急ときわ61号に乗って茨城県の水戸へ

品川駅12:15発、水戸駅到着は13:44

日曜のお昼過ぎ、ときわ61号は空いていました。

 

水戸駅へ到着

北口へ出て、お城へ向かいます。

 

復元・水戸城二の丸角櫓及び土塀(2021.06.27完成)

水戸駅北口歩道橋からみる復元・二の丸角櫓及び土塀

駅からは建物の陰となって見えませんが、歩道橋を進み対岸まで行くと、白く輝く角櫓と土塀が見えてきます。

 

お城へ向かいます。

三の丸弘道館前から続く橋を渡り、二の丸入り口の大手門へ

以前は車の通る道路でしたが、復元のため車は通れなくなっています。

 

大手門を内側から

 

二の丸内部より見る大手門

 

続いて二の丸角櫓に向かいます。

 

二の丸角櫓への通路の入り口

学問の水戸藩だからか城跡には本丸に高校、二の丸にも別の高校、中学、小学校、幼稚園があり、三の丸にも別の小学校があります。二の丸角櫓へは、そんな学校の敷地の隙間の狭い「歩行者通路」を通ります。

けっこう距離があります。

 

二の丸角櫓到着

二重二階の「角櫓」を中心に左が「東多聞櫓」、右が「北多聞櫓」という構成です。

 

北多聞櫓内部

見学は北多聞櫓が出入口となっていて、入館無料です。

 

角櫓内部

二階は非公開です。

 

二の丸角櫓から歩行者通路(来た道)を見ます。

もし1945.08.02に戦災で焼失した「御三階櫓」が残っていたら、左手奥に見えるのかもしれません。

「御三階櫓」古写真

「歩行者用通路」の入り口の案内板に写真がありました。

 

本丸まで足を伸ばしてみます。

薬医門(現存、県指定文化財

本丸の入り口近くに移築現存しています。高校の敷地内ですが、この門までは入って見学が可能です。

 

内部から見る本丸虎口

薬医門はここの門(橋詰門)ではないかと推定されているそうです。

 

二の丸と本丸の間の空堀(国道51号線の橋の上から)

左側が二の丸、右側が本丸、堀底を走るのはJR水郡線。奥の橋が「本城橋」でかつては土橋だったそうです。

右手前の土塁上には「本丸西南角櫓」、本城橋を挟んだ反対側に「本丸北西角櫓」がありました。こちらも是非、復元していただきたいと思います。

 

ライトアップされた二の丸角櫓

ライトアップされた大手門も見たかったですが、時間の関係でまた次回。

 

水戸城の復元・大手門、二の丸角櫓及び土塀、ミッションコンプリートです。

 

帰りは水戸駅17:53発ときわ84号、品川到着は19:25です。(コジカ)

 

 

虎ノ御門 江戸城めぐり No.009

2021.10.09(土)

2021.11.23(火)

「虎ノ御門跡」(東京都千代田区霞が関3丁目)

虎ノ御門は虎ノ門交差点から少し離れた、文部科学省(旧文部省)の旧庁舎(茶色い建物)の前辺り、国道1号線上にありました。

撮影場所が1号線を横切る形の外堀の中で、横断歩道のあたりが桝形の後ろの線にあたるようです。

下の古写真と似たようなアングルで撮ってみました。

 

虎ノ門「旧江戸城写真帖」(東京国立博物館)より

「史跡江戸城外堀跡地下展示室」(地下鉄銀座線「虎ノ門駅」新庁舎連絡通路内)に写真がありました。

 

赤坂御門から虎ノ御門へ

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赤坂御門から坂を下って振り返り

奥に見える歩道橋の先が赤坂御門です。

 

下って左、溜池方向へ

真っ直ぐは国道246号線、青山・渋谷方向

 

曲って外堀通りを進みます。

ここから先は大きな溜池があり、外堀代わりとなっていました。

 

日枝神社に寄ってみます。

ここから入ると「稲荷参道の千本鳥居」を上がっていくのですが、千本鳥居は撮影スポットなので、撮影タイミング待ちの方々の「早く通って!」視線を感じて写真も撮らずに急ぎ足。

 

本殿の様子

七五三のお祝いでか、お子さんがたくさん来ていました。

 

表参道からの景色、神門

左手のご家族はプロのカメラマンを頼んで撮影されていました。すごく絵になっていたのでモデルさんによるPR撮影なのかと思ったくらいです。

 

外堀通りにもどります。

 

外堀通り六本木通りの交差点の安全地帯に溜池発祥の碑があります。

溜池発祥の碑
 溜池は江戸時代のはじめ、江戸城の防備をかねた外堀兼用の上水源として作られ水道の発祥地ともなり、徳川秀忠時代には 鯉、鮒を放し蓮を植えて上野の不忍池に匹敵する江戸の名所となった。徳川家光は遊泳したとも伝えられ、江戸後期には日枝神社より赤坂四丁目に通じる料金を取った銭取橋が架設され「麦とろ家」数軒と出店で、にぎわったと云われる。
 明治八年より埋め立てに着手し四十四年に完成したが、明治二十一年十二月には赤坂溜池町が創立され、明治四十二年に市電が開通し、大正十年五月に 正式な町会として溜池町会が発足し、溜池角の小松ビルは元は演伎座と云う芝居館として人気を煽り東京オリンピック以後はビル街として発展し、町会名も「赤坂溜池町会」と改称し今日に到り、地下鉄新駅「溜池山王駅」の開通を記念し建立とした。(赤坂溜池町会・文責) 平成九年八月吉日 東京都港区

 

外堀を兼ねた溜池の水は「溜池落口」から外堀に流れていました。その溜池落口から虎ノ御門までの現状との比較図が「史跡江戸城外堀跡地下展示室」にあります。

※以降の引用はこの展示室の説明板からいただいています。

写真左下の点線〇の「溜池落口」から右上の「虎ノ門」までの間にかつての外堀に沿って4つの見どころがあります。

下から

④櫓台跡の石垣

③旧教育会館の石垣

②地下鉄部の石垣

①中庭部の石垣

 

最初に「溜池落口」

古写真がありました。

溜池落口『大日本全国名所一覧』(平凡社)より
江戸城外堀南方の堀には堰を設けて築いた溜池があった。ここは江戸初期の上水源でもあり、かつてはこの堰から滝のように水が流れていたが、今は埋め立てられている。

その現状(撮影2022.07.23)

「④櫓台跡の石垣」そばの歩道橋から溜池方向を振り返り。赤いまるの位置辺りが溜池落口と推定

④櫓台跡の石垣

かつての外堀は外堀通りを斜めに横切る形で虎ノ御門に続いていました。

④櫓台跡の石垣
櫓とは要所を見張るための建物をいい、江戸城外堀では唯一ここだけに櫓があった。この地域が江戸城を防備するうえで重要な地であったことを示している。現在も国史跡として保存されている。

 

現地の説明板の記載

溜池櫓台跡 (Tameike Tower Base Remains)
 溜池櫓台跡は、江戸城外堀に3つ設けられた隅櫓のうちの1つです。江戸城隅櫓はいずれも主要な道に面した場所につくられていました。残る2つの隅櫓は、筋違門と浅草門に所在していましたが、どちらも取り壊されており、唯一この石垣だけが現存しています。ただしこの櫓台も、以前は西側に溜池落口の櫓がもう1つあり、一対だったようです。
 一対の溜池櫓台は、1636年(寛永13年)に因幡鳥取藩(現在の鳥取県)藩主池田光仲によって構築されたという記録が残っています。かつて、この地点は近世初期には外桜田門を起点とする小田原道が通り、溜池上水の起点にもなるなど、江戸城の防備と都市政策の両方にとって重要な地域でした。地形の上でも、この地域は西側に広がっていた溜池一帯を見下ろすことができる位置にありました。
 溜池及び周辺の堀は明治時代に埋められましたが、近隣の文部科学省構内には3カ所の石垣が残っており、かつての外堀の姿をしのぶことができます。

The Tameike Tower base remains are from one of three corner towers built along Edo Castle's outer moat.Edo Castle's corner towers were all built in locations facing major roads.The other two corner towers were at Sujikai-mon and Asakusa-mon Gates,but both have been torn down, with these being the only remaining corner tower stone blocks. It seems, however, that this was only one of a pair of tower bases, and that in the past there was another tower on the west side at Tameike Ochikuchi.
Surviving records show that Ikeda Mitsunaka, the feudal lord of the Inaba Tottori Domain(current-day Tottori Prefecture), built the pair of Tmameike Tower bases in 1636. This area was once imporant for both the defence of Edo Castle and urban development, the pond being a source for the Tmameike Waterworks, and by the fact that Odawara Road, which started at Soto-Sakurada-mon(Outer Sakurada Gate), passed through this spot in the early modern period. The lay of the land gave this spot a good view over the reservoir("tameike") which stretched westward.
 In the Meiji Period, the reservoir and nearby moats were filled in, but stone blocks remain in three locations on the grounds of neighboring Ministry Education,  Culture, Sports, Science and Technology, giving a glimpse of the outer moat in its past form.

(説明板より)

 

③旧教育会館の石垣

③旧教育会館の石垣
延長9.5mで2段の石垣である。この石垣は、江戸時代のものではないが、石垣下には旧来の石垣が残り、史跡指定されている。この地点は、池田長常が石垣を築いた場所である。

 

②地下鉄部の石垣

②地下鉄部の石垣
延長25m、15段程度(高さ約7.4m)の石垣で、ほぼ築城当時の高さを残している。この地点は、北端をのぞき毛利高直の築いた場所に該当する。この石垣は江戸城外堀跡鍛冶橋北側の堀石垣(丸の内一丁目遺跡)から出土した石を利用して修復した。

「史跡江戸城外堀跡地下展示室」(地下鉄銀座線「虎ノ門駅」新庁舎連絡通路内)はここの地下です。

展示室から見上げる石垣

この展示室と旧庁舎中庭石垣では、外堀の堀底および推定される水面の高さを表示し、正面の石垣は水面からそびえる石垣の姿を再現しました。

 

①中庭部の石垣

①中庭部の石垣
延長約35m、7段(高さ4.5m)の石垣が残っている。この地点は九鬼久隆の築いた地点と多くの大名によって築かれた場所に該当する。現地に公開中である。

外堀はこの石垣のすぐ先で右に折れ虎ノ御門へ続きます。右側の文部科学省(旧文部省)の旧庁舎はほぼ旧外堀の中に建っています。

 

旧庁舎中庭を出て、国道1号線の虎ノ御門跡を見る。

比較図によるとここから右手に桝形門が位置し、横断歩道のラインが桝形の後ろの線だったようです。正面のビルは外堀の中に建っていて、この外堀ラインが「幸橋御門」(新橋方面)へ向かっています。

 

虎ノ御門跡から城外を見る。

 

虎ノ御門は跡形もありませんが、今でもここは交通の要所であり、江戸城を守る重要なポイントだったと思われます。

 

で、「虎ノ御門」、ミッションコンプリートです。

次回は「幸橋御門」へ向かいます。(コジカ)