大坂城 日本100名城スタンプラリー第三十三回

2019.02.18(月)
日本100名城スタンプラリー第三十三回


石山合戦大坂冬の陣・夏の陣、幕末の鳥羽・伏見の戦いなど、歴史上の大きな出来事の舞台となった巨大な城、大坂城
「太閤はんのお城」として親しまれているそうです。

現在の天守は三代目。1931年(昭和6年)にコンクリートで復興されました。

初代の秀吉さんの天守は1615年(慶長20年)、大坂夏の陣で落城の際、炎上。
二代目の徳川さんの天守は1665年(寛文5年)、落雷によって焼失。以後は天守は再建されませんでした。

↓北側から見上げる復興天守
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100名城スタンプは天守内1FのインフォメーションでGETしました。



二泊三日の関西遠征3日目(最終日)、最後の目的地は大坂城です。


太陽の塔をコンプリートして、真っすぐ大坂城へ向かいます。
万博記念公園から大阪モノレール、阪急京都本線、阪急千里線~大阪メトロ堺筋線JR東西線を乗り継いで
大阪城北詰駅へ到着!
そこから大阪ビジネスパークまで歩き、お好み焼きで腹ごしらえ!

いよいよ大坂城

この日は暖かく、コートを着ていると暑いです。
そのせいか、お堀のそばでは沢山の蚊柱が立っています。間違って吸い込まないように注意して歩きます。

天守から見渡す、二ノ丸。中央に現存する六番櫓、右手に大手門千貫櫓が見えます。
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鳥羽伏見の戦いのどさくさで焼けてしまった大坂城

鳥羽伏見の戦い幕府軍がお城を捨ててしまったので、反乱軍が入城する前後で一般の方が入り込んだり、略奪があったりして
混乱状態になりなんだか焼けてしまったそうです。

↓二ノ丸から見た本丸東側の高石垣と内堀。幕末まで三重櫓が立ち並んでいました。(幕末の古写真で威容が確認できます)
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↓玉造口から外に出て、南外堀と二ノ丸に現存する一番櫓を確認します。
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空襲で焼けてしまった大坂城

現存していた二番櫓・三番櫓・坤櫓・伏見櫓・京橋口多聞櫓も焼けてしまいました。
しかし、コンクリート天守は消失を免れました。

↓二ノ丸南面の石垣と南外堀、現存の六番櫓を見ます。
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↓石垣も美しいです。六番櫓を西側から見た図
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大坂城は韓国からの観光客の方々がいっぱいです。

四割以上が韓国の方という印象です。大阪は韓国の方々に人気の街なんですね。
人がいっぱいでアップできる写真を撮るのはむつかしいです。

大手門千貫櫓を眺める。
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↓現存する乾櫓と西の丸を囲う西外堀、右手に千貫櫓と大手門
 乾櫓は変わった形をしています。
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↓乾櫓、西の丸北面、奥に京橋口を眺める。空襲が無ければ京橋口の向こうに大きな三重櫓の伏見櫓が見えたはずです。
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将軍慶喜様、この城で勝てると思わなかったのですか

この巨大で堅固な城跡に立つと何故この城を捨ててしまったのかと不思議に思います。
この城で反乱軍を迎え撃てば負けないのでは?と感じます。
でも時代の流れなんでしょうね。

で、ミッションコンプリートです。


今回の遠征も盛りだくさんでした。
3っつの100名城:明石城和歌山城大坂城
生命の樹太陽の塔
映画は2本:ファースト・マン(フルサイズIMAX)、「フォルトゥナの瞳」

これで東京に帰ります。(コジカ)