松阪城 日本100名城スタンプラリー第七十一回

2023.12.18(月)

今回は三重県松阪市殿町の「松阪城(松坂城)」です。

蒲生氏郷が築いた、三層の天守を持ち高石垣に守られた城。江戸時代は紀州藩領の城として松坂城代が置かれたそうです。

 

お城の脇の「松阪市駐車場」に車を止めて、攻城開始。

一旦お城から離れて、「豪商のまち松阪観光交流センター」へ

ここで日本100名城スタンプをGET!

城址にある「歴史民俗資料館」および「本居宣長記念館」でもスタンプが押せますが、今日は月曜日でどちらも休館日。

 

大手門跡

特に遺構が見れるわけではありません。

 

表門跡

大手門跡から進んで表門跡まで戻って来ました。(駐車場は向かって右手奥)

 

表門を入ります。

 

表門を入ってT字路

正面は本丸(下段)の石垣

 

左に行くと二ノ丸

写真正面奥が本丸(下段)東角の「月見櫓跡」。

 

右手に向かいます。写真真ん中の石垣の隅が「遠見櫓跡」

奥に見えるのが「歴史民俗資料館」

 

「遠見櫓跡」の角をくるっと回って「助左衛門御門跡(すけざえごもんあと)」

左が「遠見櫓跡」で右が「鐘ノ櫓跡」

 

坂を上がって本丸(下段)

左手は本丸(下段)の中心部ですが、なにか整備しているようなので、右手へ回ります。

 

右手に進んで、左側が本丸(上段)の石垣

右側に「鐘ノ櫓跡」、一番奥が「藤見櫓跡」

 

「鐘ノ櫓跡」から見る「遠見櫓跡」と「助左衛門御門跡(すけざえごもんあと)」

 

本丸(上段)の石垣の水抜き穴

向う側が見えます。

 

回って奥に「敵見櫓跡」

 

 

 

「敵見櫓跡」

立派なので天守台かと思いましたが、違いました。天守台は右隣。

 

本丸(下段)はどこからか「きたい丸」になります。

きたい丸から見る城下町

 

きたい丸の「角櫓跡」

ここの石垣も高さがあります。

 

「角櫓跡」からきたい丸を見る

 

きたい丸から見る「天守台」

 

本丸(上段)から見る天守

三層五階の望楼型天守は、1644年(正保元年)に台風で倒壊したとされています。他の櫓も17世紀半ばに倒壊したようなので、城代が置かれていたとはいえあまり重要視されず、建物もほっておかれたのかも。

 

「敵見櫓跡」から見る天守

 

天守台から見る「きたい丸」

 

天守台から見る「敵見櫓跡」

天守と並んで建つ敵見櫓で連立式天守となっていたようです。

 

本丸(上段)の様子

右手が天守台と「敵見櫓跡」、左手が「金ノ間櫓跡」。本丸(上段)は多門櫓で囲われていたようです。

 

「金ノ間櫓跡」から本丸(下段)・中御門跡を見る

 

本丸(上段)から(下段)へ

 

(下段)におりて振り返り

 

中御門跡から二ノ丸に下りてきて振り返り。

左手が「隠居丸」(本居宣長旧宅(鈴屋)や桜松閣があります)。右手が本丸(下段)「太鼓櫓跡」

 

二ノ丸

 

二ノ丸からの景色

 

裏門跡に向かいます。

 

裏門跡に有名な古写真がありました。

古写真と同じようなアングルで

 

「御城番屋敷御城番屋敷」文久3年(1863)築造の武家長屋

裏門を出たところの両側に並ぶお屋敷には、今でも御城番の子孫の方々が住まわれているとのこと。

 

御城番公開住居

そのうち一戸が公開されています。(今日はお休みでした)

 

土蔵(三重県指定文化財

御城番屋敷のそばに移築されているのは、もとは隠居丸にあった米蔵といわれているこの土蔵。松阪城唯一の現存建物だそうです。

 

二ノ丸の石垣

二ノ丸の下をくるっとまわります。

表門跡が見えてきました。

「平成の大修理」で整備された石垣が見事なお城でした。

 

で、松阪城、ミッションコンプリートです。(コジカ)