2023.05.28(日)
二本松藩は藩兵の大半が白河口の戦いで出払っている隙をつかれ、子供たちまで動員して戦いましたが、多くの方が城を枕に討ち死にとなったそうです。
そこで奮闘した少年たちは「二本松少年隊の悲劇」として白虎隊とともに語り継がれています。
東櫓台から見る、山頂の本丸の様子
本丸石垣は1995年(平成7年)6月に復元されたそうです。
100名城スタンプは二本松市歴史観光施設「にほんまつ城報館」でGETしました。
二本松城へ!
磐梯熱海温泉の宿を出て、高速を飛ばして二本松城にやって来ました。
霞池
ナビに案内されたのは霞池近くの駐車場。
脇からですが、攻城開始!
城内路
かつての通路です。
本丸の石垣が見えてきました。
左手は最も古い石垣のひとつという、穴太積みの石垣「本丸下南面大石垣」
天守台
本丸より見る天守台。実際に天守があがっていたのかどうか、現地では情報がありませんでした。
天守台から見る東櫓台
案内板によると、本丸は天守と東櫓、西櫓、桝形虎口の門で構成されていたようです。
西櫓台から見る天守台
本丸から降りて、西櫓台下から見る本丸石垣と天守台
北側より見る天守台
手前は天守台北面より移設された旧石垣。元の石垣は割れや風化か酷く再利用できなかったため、新しい石で再構築されているとのこと。元の石垣を後世に伝えるため、一部分を移設再現しているそうです。
天守台下西面二段石垣
搦手門跡
本丸から南側に下がって搦手門跡まで来ました。門の石垣の一部が残ります。
本丸下にもどり、今度は箕輪門に向かいます。
本坂御殿跡の石垣
箕輪門に向かって下りていく途中にある曲輪です。このお城風の建物は当時のものではないようです。講堂なのか体育館なのかわかりませんが、いまは使われていない感じです。(倉庫なのかも?)
箕輪門
箕輪門と附櫓は昭和57年(1982年)復元されたそうです。
大手門跡 通称「坂下門(さかしたもん)」
外から見る大手門跡。絵図を見ると右手に渡り櫓があったみたいです。
城の中心部から1キロくらいあるでしょうか。ひと山登って下りてきた場所にあります。(たしかに「坂下」門だ)
大手門跡を場内から
箕輪門に戻ります。
もと来た道をもどり、ひとやま登ったところで大手門跡を振り返り
大手門跡はこの道の一番向こうです。
戻り道から見る、本丸
どんな天守、櫓だったのでしょうか?
最後に三の丸の石垣を見ながら車に戻ります。
右手の櫓は箕輪門
ということで、二本松城ミッションコンプリートです。(コジカ)